ダリ伝説

天才たちが集ったマドリードの<学生館>

フェデリコ・ガルシア・ロルカ、ルイス・ブニュエルとの交流

ロルカはフラメンコの発掘、『ジプシー歌集』や演劇で知られたスペインの国民的詩人、ブニュエルは「昼顔」ほか問題映画を多く制作した映画人、そしてダリはそれこそ20世紀を代表する画家の一人。この3人がある時期、マドリードの<学生館>で寝食を共にして親しく交わっていたのは奇跡に近いと言って良いでしょう。

スペインの地方ブルジョワの子弟が集った<学生館>。ダリは1904年カタロニア生まれ、ロルカは1898年アンダルシア生まれ、ブニュエルは1900年アラゴン生まれ、出身も年令も入館時期もずれ、目指すところも異なりますが1920年代、彼らの交流は密接でした。

入館が最も早かったのはブニュエル、彼はボクシングが得意なマッチョ、次に入居したのはロルカで才気溢れる彼は<学生館>の広間でピアノ演奏や詩の朗読を披露していた人気者、二人は気の合う仲間でした。

ロルカ(左)とブニュエル(右)

二人に遅れて入館したダリの才能に最初に気付いたのはブニュエルです。ダリの部屋を覗いたブニュエルは散らばる作品に驚き、<学生館>中にダリの噂を広めました。才気溢れるロルカにダリは魅了され、またロルカは年下のダリを気に入り、二人は部屋を共にするまでの関係になります。

ロルカをダリは1925年と27年に、海沿いのカダケスに招待し、詩人の感性に大きな影響を与えました。ダリはロルカが発表する舞台装飾の担当もしています。ロルカが兵役についたダリを訪ねた写真もあり二人の関係は特別なものでした。ロルカはダリを称え『サルバドール・ダリへの頌歌』という散文詩を献呈さえしています。

兵役についたダリを訪問したロルカ(左)、カダケス海岸の二人(右)

ブニュエルもカダケスをしばしば訪れ、シュルレアリスム映画のシナリオを検討したり、ダリの父からの勘当劇を目撃したりしています。

カダケス海岸のブニュエルとダリ

ブニュエルはダリとロルカの仲を嫉妬し、暴言を吐くこともありました。三人が同時に交流したと言うよりは、ダリとロルカ、ダリとブニュエルの関係があり、次ページ以下で作品を通じてお話しします。