ITとマーケティング

いま考えると、私の個人生活と社会生活はITの進歩と深く関係していたことに気づきます。西和彦さんの近著「反省記」(2020年ダイヤモンド社)はパソコン創成期をメーカー側から書いていますが、私は、一ユーザーの立場から、創成期から現在まで、ITの進歩を振り返りたいと思います。

パソコンとの関わり

パソコンとの付き合いは、ご多分に漏れずゲームから始まりました。1980年代早々、NECのPC-6001、8001でロードランナー制覇、パックマン、テトリスなどを楽しんでいました。コンピュータ言語のBASICで走るワープロソフトは「松」が有力でしたが、IBM発売パソコンのOSにマイクロソフトのMS-DOSが採用され、マシンが一変すると、ジャストシステムの「一太郎」が日本語表記に適合したシステムとして市場を制覇しました。このソフトで採用された仮名漢字変換ソフトのATOKは、後に登場してOSとともに供給されるマイクロソフトの日本語変換ソフトのIMEとともに現在も愛用しています。

西和彦さんはマイクロソフトの代理人として日本中のパソコンメーカーにMS-DOSの採用を働きかけましたが、メーカー間の互換性は考慮されませんでした。日本語処理に独特のモジュールを採用したNECのパソコンPC-9801が、ほとんど独占状態となりました。このパソコンはプログラムを書ける技術者に愛好され、新製品開発などに活躍しました。

NECの寡占状態に風穴を開けたのが、西さんが著書で触れていないIBMのDOS-Vでした。このOSはハードに依存せず、ソフトで日本語処理に対応するもので、日本中のメーカーに供給されました。やがてディスプレイに液晶が登場、シャープのメビウス、東芝のダイナブックなどのノートパソコンが発売され、格安の小型プリンターとともに私は1991年アメリカ出張にセットで持参してスピーチ準備に活用しました。

日本語入力と文部省の対応、そしてOASYS

日本語のキーボードには、タイプライターのキー配列に準じた英字と平仮名が同時に表記されています。現在はどうか知りませんが、パソコン創成期に文部省は仮名文字入力を推奨していました。私は中学の母校大阪教育大学付属池田中学校で講演を依頼されたとき、学生にパソコン入力は仮名か英字か挙手してもらうと、ほぼ全員が仮名入力でした。パソコンのコマンドは英字で入力します。仮名文字のキー配列を憶えても日本語文字入力以外に役だちません。私はいますぐローマ字入力に切り替え、英字のキー配列に慣れるようアドバイスしました。文部省はパソコンを文書作成の道具としか考えていなかったのでしょう。お役人的発想です。

ローマ字入力は、撥音・濁音・促音の入力方法を憶えれば何の不自由もなく便利に使えます。入力速度を上げるブラインドタッチも英和両方で可能ですが、日本語入力は変換ミスの多発に注意する必要があります。現在スマートフォンはテンキーに割り当てられた仮名配列の打鍵でメールなどの入力をこなす人が圧倒的、打鍵もスピーディですが、仕事上パソコンを使うなら、英字のキー配列(QWERTYクォーティ)に慣れておいた方がよいでしょう。

日本語入力と言えば富士通が開発した親指入力システムOASYSにも触れておきましょう。これは入力に親指を積極的に使う方法で入力スピードを格段に速くできます。しかし、この方法を苦労して習得しても速記者にでもなるほか使い道がありません。私は一時期OASYSのワープロ専用機をパソコンが一般的になる前に使用していましたが、当初からローマ字入力で√などの外字も作成して、中学校の数学教師をしていた家内が試験問題を作成する手伝いをしました。

草の根データベース

SNSや電子メールがまだないパソコン創成期、ビジネス用パソコンも登場しましたがその主用途は表作成でした。北野高校昭和29年卒生の幹事をしていた私は同期の卒業生450人の氏名住所を松下電器製のオペレートシリーズパソコンに入力し、それをドットプリンターで出力し同窓会名簿の印刷用版下に活用しました。当時、電算写植はまだなく、写植はすべて手打ちでしたから、版下作製にパソコン印刷出力を使い費用を節約したのです。また、母校での卒業生データは印刷会社の大型コンピュータに記録され、住所/氏名は大量に貯められてバッチ処理されていました。訂正に手間がかかり不便この上ないシステムでしたが、私はいずれ個人情報などの管理はパソコンでデータ管理できると考え、マーケティングの研究会で「草の根データベース」と名付けてマーケティングの研究会で発表しました。その後表計算ソフトのロータス123が登場、マイクロソフトのエクセルや年賀状ソフトも活用できるようになり、現在は誰でも個人が自前で「草の根データベース」を構築できるようになりました。

マッキントッシュ

仕事でオペレート・シリーズのあと愛用したのはGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を使えるマッキントッシュでした(これはゼロックスマシンのパクリでした)Adobeの画像処理のフォトショップやデザインソフトのイラストレーターを使用しましたが、重宝したのは当初クオーク・エキスプレス、ついでページメーカーです。モリサワから発売された日本語のフォントが使え、ページ組みが版下業者さんの手をわずらわさずにでき、ロータリークラブの活動に必要な小冊子の作成などに活用しました。ただマッキントッシュ(マック)は高性能でしたが普通の消費者には極端に高価な金食い虫でした。いま手元にあった1993年当時の請求書を見直していますが、メモリー8MB、230MBHD、16インチ専用モニターキーボードとソフト(ワードパーフェクト、クオーク・エキスプレス、アドビイラストレーターとフォトショップ)をあわせて合計133万円!後に搭載した英文フォントが25万円、16MBの増設メモリーが9万年弱、ジャストシステムの日本語ソフトATOKも登場、表作成ソフトのフィルメーカーも8万円でインストールしました。さらに驚いたのは、ポストスクリプト・プリンターとカラースキャナーに87万円も支払っていたことです。いまスキャナーにも使えるインクジェット・プリンターが2、3万円で買えますね。

WINDOWS95登場

マックの普及に脅威を感じたマイクロソフトは、重ねることはできないもののタイル状のWINDOWが使える3.1から複数のWINDOWをマックのように重ねて表示できるWINDOWS95を開発、世界中のIBM互換DOSマシンメーカーの支持を得、自社のハードにこだわるアップルの優位を崩しました。マイクロソフトはその後ワード、エクセル、パワーポイントなどの有力ソフトを次々発売、市場でデファクト・スタンダードになっていきます。しかしこれらはすべてマック上で走っていたソフトを自社用に開発もしくは買収したものです。またマックで使えたアドビのフォトショップとイラストレーターを使えるようにビル・ゲイツが奔走指示したことは有名です。この時代一世を風靡したのがジャストシステムのワープロソフト一太郎と表計算ソフトのロータス123のセットでした。しかしこれらはOSとセット販売するマイクロソフトのワード、エクセルに地位を奪われました。日本語変換ソフトのATOKもOSとセットされるIMEに同様の目に会わされています。高性能だが高価なマッキントッシュは販売が伸びず、アップルは経営危機に陥りました。そこでライバルに救いの手を差し伸べたのはマイクロソフトでした。アップルが一時経営陣から追放したスチーブ・ジョブズを再起用し、起死回生を図ったiMacに人気ソフトのワードとエクセルを提供しました。ここで忘れてならないのがポストスクリプト・フォントよりインストールも使用も簡単な普及型アウトラインフォントの普及です。これによりパソコンでの文書作成と印刷が格段に便利になりました。

パソコンの標準OSになりそこねたBTRON

TRONは坂村健氏が中心になって、1984年ごろからリアルタイムカーネルとして開発され、機器組み込み用のITORONとパソコン向けのBTRON、それらを統合したMTRONという野心的なプロジェクトでした。ITRONは2000年ごろから日本の家電製品に積極的に搭載され、その代表は任天堂スイッチのコントローラーです。その後もITORNは進化を続けオフィス機器、自動車などの用途に活用されています。

パソコンやワークステーション向けのBTRONは、松下電器を中心とする反NEC陣営が強力な開発体制を敷き、そのOSが学校教育における標準OSとして検討され、1989年3月には採用が正式決定されました。しかし、アメリカ通商代表部(USTR)がスーパー301条の適用をちらつかせ、マイクロソフトのMS-DOS以外を締め出す形での選定に異議を表明しました。BTRONマシンは松下電器が試作品を発表していましたが、MS-DOSマシンをすでに発売していたNEC、富士通が日本政府系機関であるCECを脱退し、松下電器も外圧をおそれ1990年はBTRONソフトウエア懇談会を脱会、ほとんどの学校はマイクロソフトのMS-DOS搭載のNECもしくは富士通のパソコンを教育用に採用しました。そもそも世界に通用するパソコン用OSとして発展する可能性があったBTRONは文部省が日本語用として口を挟んだおかげでその芽を摘まれたのではないでしょうか。その証はTRONのキーボードが世界共通のQWERTY配列でなく、独特の日本語配列だったのも災いしたでしょう。OASYSが普及しなかったのと同じ理由。国際的なOSに育てる気が欠如していました。

日本語入力だけにこだわったTRONキーボード

その後MS-DOSマシンはハードに頼らずソフトで日本語変換できるIBMのDOS-V公開により既成有力パソコンメーカーの束縛を離れ、多くのメーカーが参入することになったのは先述の通りです。またマイクロソフトWINDOWSは、3.1から95、98、XP、7、8、8.1、10とハードの性能向上に従って進化を続けています。マックもワークステーション用のUNIXをベースにOSを進化させています。マックとWINDOWSはソフトの性格により微妙に棲み分けが見られるようになり、私もいまは両方を併用しています。

インターネット接続とクラウドの登場

パソコンが急速に普及したのは何といってもPP通信が可能になり、インターネットが登場したためでしょう。インターネット接続には当初ネットスケープ・ナビゲーターが重用され株式も人気を得ていましたが、マイクロソフトがOSと一体化したインターネットエクスプローラーを登場させてから一気に市場を失いました。そして検索プラットフォームのGoogleが登場推奨するブラウザーchromeをWINDOWSで使う人が多くなりました。(マックではSAFARI)マイクロソフトは対抗上エッジを投入していますが私は使用していません。

パソコンの世界が一変したのは外部のサーバーにソフトの重要部分やデータ保管を依存するクラウドの登場でしょう。WINDOWSも7と8の間に断絶があり、OSにサーバー接続を容易にする機能をもたない7は、最新のソフトが使えません。(年賀状ソフトの「筆まめ30」はその一例、起動時にサーバーとの通信が必要です)端末上ではソフト呼び出し機能に徹し、あとは主としてクラウド上のシステムに依存するスマホのアプリ化がパソコンでも進んでいますが、私はクラウド上に個人データを保存するのは好きではありません。

ITというほど大げさでないが、私の主なパソコン用途

(ワープロ) 一時、文書作成にジャストシステムの「一太郎」を使っていましたが、周囲はマイクロソフトのワードを使用している人ばかりなので、メール添付などのね互換性を優先してワードを使っています。日本語変換システムはジャストシステムのATOKをマック時代から使っていますが、似たような操作ができるIMEも時に使用します。

(印刷物作成とDTP) パンフレットやポスター、宛名シール、年賀状裏面などの制作はイラストレーターを使います。文字入力に柔軟性があり、写真などの貼り付けも便利です。以前ロータリークラブのボランティアで小冊子などをマックとページメーカーで版下作製していましたがマシンを変えてから遠ざかっています。ページメーカーは段組みが自在、優秀なDPT(デスクトップパブリシング)ソフトですがWINDOWSのワードで大抵の用途が賄えます。最近「簡単プロ級パーソナル編集長」を手に入れましたので試してみようと思っています。

(宛名ソフト、表計算) 年賀状の宛名や同窓会名簿の管理には「筆まめ30」、パスワードの管理などにはエクセルを使っています。OSのせいか、起動に手間取りイライラします。

(プレゼンテーション) 2001年に大学の研究生になって以来パワーポイントを愛用しています。大学で研究発表にはスライド使用が当たり前でしたが、新風を吹き込めたと自負しています。

(DVD制作) 男声合唱や各種コンサートの記録DVDを制作しています。撮影はSONYの4Kカメラを2Kモードで使いパナソニックのディーガにダビングして不用部分を消去し、頭出し用のチャプターを付けてDVDにコピーします。ディーガは変換機能に優れ2Kファイルから画質の良いDVDが作れます。ディスクはCPRMを使いますが、いったん作成したディスクはパソコンでコピーできます。DVD盤面の印刷はプリンター付属のCDダイレクトプリント、同封印刷物はイラストレーターで作成。多数ダビングする場合は専門業者のWANTEDさんに依頼しています。複数のファイルを一枚のDVDに記録する場合はパワーディレクターというソフトを使います。

(CD制作) ICレコーダーで録音したファイルをSONYのサウンドオーガナイザーでパソコンに取り込みます。それを音声編集ソフトで別々に切り分けてからCD作成ソフトで焼き付けてマスターディスクをつくります。専門家に録音してもらった場合はCD作成ソフトで演奏順などを調整してディスクを制作しています。

(ホームページ制作) いろいろ試しましたが現在使っているWordPressがページ作成訂正変更更新、そして写真や動画の貼り付けなど非常に便利です。このソフトは仕組みやコツを飲み込めばサクサクと使え、人気ソフトを実感できます。ページ作成のテンプレートはいろいろあります。このソフト、元々はブログ用ですが、通販ページの作成と管理に使う方も増えているようです。私はブログ用に使用。テンプレート(テーマと言います)には日本語サイト作成に特化したBusinessPressを使用しています。

(Eメール、SNS、YouTube) メールはパソコン通信の創成期からniftyを使っているのでアドレス変更が嫌でそのままにしています。個人のパソコンにデータを保管する時代からクラウドを利用するWEBメールになり、迷惑メールも仕分けしてくれるので便利です。スマホはアンドロイド。SNSはツイッターとフェイスブックですが、最近は一方的に削除されることが特にアメリカであるらしい。日本でもどうなるでしょうか。YouTubeには2011年から原発事故関連と音楽活動のファイルを50以上アップロードしています。

個人情報とダイレクトマーケティング

シアーズ・ローバックなど、アメリカでカタログ販売の盛んなことは良く知られていましたが、わが国でも1980年代後半から90年代にかけて通信販売への関心が高まり、アメリカ商務省後援の研究ツアーなどが開催され、私も社命で参加しました。

アメリカは当時カタログ販売が全盛、多くの企業が電話で注文を受け倉庫で商品をそろえて消費者に発送していました。ホテルではテレビに通販CMが多いのに驚きました。日本ではまだTVでの通販CMや大規模コールセンターはありませんでした。

どの会社も自社の顧客は大切にリスト化していましたが顧客属性分析に威力を発揮する、コンピュータの利用は未熟でした。自社の顧客リストはハウスリスト」といい、顧客の特性を反映した自社の財産と考えられています。そこに「リストブローカー」が存在し、企業間で特定リストの貸し借りを仲介していました。そこには個人情報保護という概念はなく、一回限りの使用というルールがあり、コピーして複数回使用すればダミーのネームの存在で不正使用がばれる仕組みでした。同窓会名簿や会員名簿などを入手して使う日本の名簿業者さんの業態とは大きな違いがありました。

顧客リストの価値は、何処の誰が、何を、どれくらいの金額でを購入したかまた購入時期と頻度などデータで決まります。コンピューターの発達で、これらの属性を記録した個人情報を種々の勧誘に利用することができるようになりました。個人の購買習慣はニーズ、ウオンツ、好みで偏ります。例えばいま、通販大手のamazonで本や物品を購入すると、お勧め商品の表示やメールが届くのは、まさにこの特性分析を生かすダイレクトマーケティングの伝統に準拠しているのです。

片や、一方的な迷惑電話や迷惑メールがはびこる状況は個人情報保護のニーズを生み、各種名簿の作成を控える風潮を生んでいます。過剰な反応をさけ、一定のルールのもとに個人情報を有効利用することは必要ではないでしょうか。

情報検索をマーケティングに生かす時代

インターネットの普及で購買習慣に大きな変化が訪れています。消費者は自分のニーズに合った商品やサービスをインターネット上で検索することが当たり前になってきました。テレビや新聞雑誌の広告も一方的なイメージ操作を狙うのでなく、詳しい情報を掲載した自社のサイトに顧客を誘導するケースが増えています。商品情報提供の巧拙がマーケティングの決め手になってきました。

(追記) 折角、マイナンバーカードを配布しながら活用できていない日本。キャッシュレス決済も乱立で使いにくい。これはスイカやピタパのような半公的なカードがどこでも使えるようにしてもらいたい。菅さん肝いりのデジタル庁の活動に期待します(2021年1月記)