外国語

翻訳の楽しさ

私は専門の翻訳家ではありませんが、広告に関する本に3冊、マーケティングに関する本1冊の出版にかかわっています。

『ある広告人の告白』

著者はロールスロイスの広告などで有名になったアメリカの広告会社社長、デビッド・オグルビー。全米でベストセラーになった1963年刊のビジネス書です。

当時久保田鉄工(現クボタ)の広告宣伝部にいて海外広告を担当していた私は、タイム社の日本代表だった橋本氏からこの本を知り、当時、広告界でセンセーションの新刊だった『フォルクスワーゲンの広告キャンペーン』(1963年美術出版社)の著者で知人の西尾忠久氏に連絡したところ、一緒に翻訳しようと言う話になり、私は後半部分を担当しました。

1964年、ダヴィッド社

専門の翻訳家でない我々がなぜ、この本に挑んだか。それは世の中にあふれるビジネス書の多くは、学生の下訳を先生が監修して出版され、何が書いてあるのかサッパリ不明なことがあるので、業界人が訳したほうがいいと判断したからです。翻訳の口調も、オグルビー自身が告白しているように「です、ます」で統一しました。

この本は別の訳者による新版が30年後に刊行されています。(山内あゆ子訳、海と月社、2006年)「である」と断定する命令調の翻訳です。

『「売る」広告』

1983年、アメリカ旅行の最中に刊行されたばかりの、オグルビー2作目の原書を書店で見かけ、早速手に入れました。前著『ある広告人の告白』の共訳者だった私は、『ブレーン』誌への論文寄稿で旧知の編集者に翻訳を申し出ましたが、すでに他の広告代理店が版権を得ているとの連絡がありました。

アメリカの版権者の条件は、原書のレイアウトを写真の位置、テキストの形を含め厳守してほしいと言うものでした。最初日本の版権を得た広告代理店は、翻訳者も見つけられずお手上げとなり、いまはない誠文堂新光社が版権を譲り受け、私が翻訳を引き受けることになりました。

私は原書を一読し、訳語の不明個所に書き込みを終え、日本語訳をテープに口述し、テキストをワープロ起こししてもらいました。本文レイアウトは文字組のテンプレートを作成し、装幀をADの畏友佐野寛さんにお願いしました。同時にタイトルのOgilvy on Advertisingを原題の「オグルビーの広告論」からに『「売る」広告』と変更しました。このタイトルの方が著者の意図を日本人にわからせると考えたからです。また著者のオグルビー氏には日本語版への序文を依頼し、快諾をえました。

本文テキストをワープロデータで提供したにもかかわらず、電算写植を使わず改めて手打ち入力で版下を作成した時代、またこの本はカラー写真を多用していたので、一冊7800円と、きわめて高価な仕上がりとなりましたが、版を重ねることができました。

1985年誠文堂新光社刊、松岡茂雄訳、佐野寛装幀

この本は幸い日本の広告界に好評で迎えられ、「広告を知るための百冊の本」(日経広告研究所編)に『ある広告人の告白』とともに選ばれました。

本書の刊行25年後、絶版を理由に新訳本が「海と月社」から登場しました。『「売る」広告』というタイトルは旧訳の刊行にあたり、私がつけたものですが、使用の断りはありませんでした。レイアウトは前版と同じく原書を踏襲していますが、こんな批評もamazonで見かけます。

「(前略)しかし、再販、再翻訳にあたっての、翻訳者と構成がちょっといただけない。前翻訳者の松岡茂雄氏の文体を読んでいると、まるでオグルビーが自分に語りかけてくるような声が聞こえる気がした。こちらの無知さを無視する、雑多な情報が返って視野を広げる切っ掛けになってオグルビーらしいという感じがした。今回はただ、お上手に翻訳、編集したという感が否めない。本来、この本が広告に関わるすべての人間にとってバイブルとも言えるものであるだけに残念無念と言った所。ただ、前翻訳版の売る広告が絶版になっている以上これを読むしかないだろう。」

(誤訳)原著の記述があいまいなときは、確かめるべきです。私はin Norway, the SAAB car…とあるのを、「ノールウエイのサーブ」と訳してしまいました。サーブはスウェーデンの車ですから、この部分は素直に「ノールウエイでは、サーブ車は」と訳すべきできした。また、社名の日本語表記についても知識不足、ユニリーバ(Uniliver)をユニレバーとしてしまいました。自戒です。

『プロ広告作法』

著者はアメリカの通信販売コピーライター、ユージン・シュワルツ氏。原題はBreakthrough Advertising 、共訳者の井上道三氏と私は「市場の壁を打ち破る」という副題をつけ『プロ広告作法』として1967年に誠文堂新光社から出版しました。

共訳者の井上氏は元積水化学工業(株)の販促課長で、当時珍しかったベンチャービジネスの(株)日本SPセンターを創業されたばかりでした。彼の持論は「コピーライターにとって最高の学校はメイルオーダーだ」と今現在の通販広告全盛を50年前に予見していました。

翻訳に当たっては、適当な日本語訳の見つからない単語も多く、明治の福沢諭吉よろしく用語をさぐりながら、原語をカタカナでルビをつける工夫をしました。説得力のある広告コピーの書き方の宝庫と言える本書はその後、通販を志すライターたちのバイブルとなりました。

1967年誠文堂新光社刊

通訳の難しさ

私は1984年から2001年まで国際ロータリー第2660地区大阪鶴見ロータリークラブに属し、1991~92年度は会長を務めました。その間、1991年2月、国際ロータリーのGSEプログラムでアメリカノースカロライナ州にチームリーダーとして派遣されました。それ以来20年近く、GSEプログラムで2660地区の外国チームの受け入れに関与し、通訳する機会も多くありました。

5~6人の外国チームは各人の専門に応じた研修を個別に行うほか、チーム全体で各所のロータリークラブでプレゼンテーションを行います。そして各クラブには英語自慢のかたがおられ、通訳を買って出られるケースもまれではありません。しかし、たいていの場合、途中で絶句されるか不正確な通訳になります。

スピーチの内容を正確に通訳するには、話者がどんな人か、何をしゃべるのか把握していることが望まれます。そのために予めレジュメを入手し、目を通しておくと良いでしょう。専門的な言葉の訳語を調べておくことはプロの通訳でも準備を怠りません。それを英語を喋れると言って通訳を買ってでるのは自信過剰です。1995年、関西大震災の年、スウェーデンの土木関係者を研修に案内したとき、地震をquakeというだけでなく、地震による断層はseismic faultと言うことを私は調べておきました。

プロの通訳でも専門外のことで「思い込み」があると、とんでもないミスを侵すことがあります。

アメリカにセデルマイヤーと言う有名な広告制作者がいて、彼の作る面白いCMが話題になっていました。面白広告を特集した日本のテレビ番組で彼は「まず、広告メッセージがある。それを言うために広告主は金を払うのだ。しかし、そのメッセージを効果的に視聴者に伝えるにはユーモアが有効だ。私が広告にユーモアを使う理由はここにある。」(松岡が録画から聞き取り)このくだりを同時通訳で有名なT女史は「買え、買え、買えなんて効果ない。ユーモアが第一」と短く通訳しました。

私はビジネスの現業引退後、通訳として奉仕しようかと思い、通訳養成学校に夜間に通った時期がありました。それは美事な失敗でした。理由は簡単、加齢により聴力が低下していたからです。英語は日本語に比べて高音の周波数成文が多く、p、k、tなどの子音が聞き取れないと、内容把握に苦労します。結論は「通訳になるよりは通訳を手配する人になろう」と言うことでした。

ロータリークラブの奉仕活動では、松下電器貿易OBの芳賀直美さんに通訳ボランティアをお願いすることが多くありました。芳賀さんは話者にある程度、区切って喋らせ、それを的確に通訳されました。事前の準備も相当なもの、敬服しました。彼は通訳ボランティア・グループの大阪SGGクラブを主宰され、関西の国際交流に貢献しておられます。関心のある方はGoogleで大阪SGGと検索すればこの組織の情報が得られます。

通訳の勉強をして良かったことは時事英語の語彙が増えたことです。英語の雑誌を読んだり、TVの英語ニュースを見たりするには知っている単語が多い方が良い。と言って英語ニュースを翻訳した雑誌でも時にミスしています。ある週のニューズウイークはhigh tide(高潮)を「津波」と訳して掲載していました。高潮は暴風や潮汐で起きますし、津波は地震による現象で、その違いは明らかです。